December 12, 2008
信じきってしまうことの怖さ・・・2
信じきってしまうことの怖さ・・・2
信じきってしまうことへの怖さと題して、信じきってしまうことの裏にどんな怖さ(危険)が潜んでるのかを、技と心の両方の側面から考えてお話ししていきたいと思っています。
今回はそのパート2で、前回お話しした、ある下降器を題材にしてお話ししていきたいと思います。
その前に一つお話ししておきたいのですが、僕はこの下降器を否定したりするつもりはありません。現実としてこの状況をとらえ、皆さまと一緒に考えていきたいと思って、あえて取り上げてみようと思いました。
先ずは、下の写真をご覧下さい。


これは、デッセンダー・ビレイデバイスです。もうお解りですよね!そうです!これはペツルのルベルソになります。
このルベルソは、実は僕のではありません。ある女性窓拭き職人が1年半使用したものです。
では、何故このルベルソを今回の題材で取り上げてみたいと思ったのかお解りになりますでしょうか。
削れた部分をよくご覧下さい。
これは、ロープの摩擦によって削れます。
ここまでなら何も問題ないのですが、削れ方が異常に怖さを感じてしまうんです。
それは、ナイフのように鋭く尖っているからです。
この部分について皆様と一緒に考えてみたいと思っています。
前回記事はこちらから
次回に続きます
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コメント一覧
実は私も以前にルベルソを使っていました
この手のディバイスの中では使い易いので
仲間内でも流行っていたように思います
磨耗でナイフのようにエッジが尖ってくる事には
神経を使ってました
定期的にヤスリで丸めたりとかしてました
道具ってのは、特に命にかかわる道具は
使い方を理解するだけでなく
日々のメンテナンスが大事かと思います
私の雇い主は「安全は金で買え」と言ってくれますが
せっかく買ってもらった安全を無駄にしないためにも
自分が何をやっているのか常に考えて行動しています
仕事って、日常的なもので
ややもすると思考停止に陥りがちですが
こと安全に関しては考える事を止めないのが肝心かと思いま
す
最終的には安全というのはメンタリティーの問題と思います

